本研究分野では、ナノテクノロジーを駆使して作るナノデバイスを用いることで、1分子の電気伝導度、温度、熱、構造などを調べる1分子解析技術を開発し、1分子科学の基礎を開拓しています。また、1分子解析技術の応用により、オーダーメイド医療を担う1分子DNA・RNAシークエンサーや1分子構造解析法を開発しています。基礎から応用まで一貫した研究により、安心・安全・健康な社会に資するバイオイノベーションの創出を目指しています。
遺伝子に基づく健康診断、創薬、および治療は人類共通の夢です。この夢を実現するためには、DNAの塩基配列を早く・安く・正確に解読するDNAシークエンサーの開発が必要です。 これまで多種多様な原理に基づくDNAシークエンサーが開発されてきました。その結果、4つの塩基分子を1つ1つ量子力学に基づく電流で調べる方法が、究極の原理と考えられてきました。 熾烈な研究開発競争の結果、私たちは、この究極の原理を世界で初めて実現しました。さらに、私たちは、この方法を用いて、DNAやRNAの塩基配列だけでなく、ペプチドのアミノ酸配列を決定するペプチドシークエンシグ法へと発展させています。
今後、医科学研究との融合により、遺伝子に基づくがんなどの疾病診断法を開発していきます。一方、1分子シークエンシング法を、溶液中の1分子のダイナミクスや化学反応を調べる方法へと発展させ、新たな1分子科学を切り拓きます。
細菌やウイルスなどの感染症は、世界中の脅威となっています。今後、温暖化などの異常気象により、絶滅したはず感染症が再発する可能性が考えられており、安く・早く・低濃度で細菌・ウイルスを検出する方法の開発が望まれています。 感染症を初期の段階で封じ込め、世界的な流行を阻止するためには、世界の至るところで細菌・ウイルスを検出する方法が必要です。スマートフォンが世界のインフラであることを考えると、スマートフォンに接続可能な電気デバイスが理想的です。 私たちは、シリコン基板に作製した直径数百nm以下の貫通孔(ナノポア)を用いて、ナノポアを流れるイオン電流変化により、1個単位で細菌やウイルスを検出・識別する方法を開発しています。人工知能を用いた解析により、インフルエンザウイルスや細菌を1個単位で高精度に検出・識別できることに成功しています。
今後、ナノポアを用いて、1個の細菌やウイルスの質量を調べる1粒子質量分析法の開発へと進展させていきます。
物質の状態や化学反応の挙動を支配する熱力学は、アボガドロ数個の原子や分子の統計的平均挙動を説明します。では、電極に接続された1分子(1分子接合)の熱力学は、どうなるのでしょうか? 一方、1分子接合は、電流というエネルギーが常に流入するため非平衡状態にあり、また、長く大きな電極に接続されているため開放系です。これまでの熱力学が、多くの場合、平衡閉鎖系であるのに対して、1分子接合は非平衡開放系です。1個の分子は、異なる熱力学の世界に存在すると考えられます。 私たちは、1分子の熱力学の構築を目指して、1分子接合の結合の強さや熱起電力などの熱的性質を調べています。この研究では、微細加工技術を駆使して、熱の流れを考えたナノ構造体を開発して計測を行っています。
今後、1分子接合の熱伝導度の計測を行い、1分子接合が、温度勾配で電圧を発生させる熱電素子に応用できるか調べていきます。
- Thermally activated charge transport in carbon atom chainsこれまでの1分子の計測では、非常に多くの1分子の計測を行って、計測結果を統計的に解析してきました。これでは、1分子を研究するはずなのに、1分子の性質を見ていません。 一方、1分子の計測は、他のものから影響を受けないので、理論を検証する格好の舞台と考えられます。実際は、1分子であるがために、周りの影響を大きく受けてしまいます。むしろ、複数の理論が適用されなければなりません。 私たちは、1分子の計測で得られる1つの計測データを解析する方法として、人工知能の1つである機械学習を用いています。機械学習を用いると、これまでは全く識別できなかった複数種類の1分子を高い精度で識別できます。また、1つの計測データを解析するため、複数の理論モデルを組合わせたマルチフィジックスシミュレーションを行っています。
今後、機械学習で高い精度が得られる理由を、マルチフィジックスシミュレーションで解き明かし、1分子の性質を詳しく調べていきます。
- Development of Single-Molecule Electrical Identification Method for Cyclic Adenosine Monophosphate Signaling Pathway